2014年12月 3日 (水)

川口松太郎著『古都憂愁』を読んで

 京都大好き人間である私にとって、この結城信吉のようにはいかなくても、少しの間でもいいから、11月から翌年の4月くらいまででいいから、京都に暮らしてみたくなった。 

 人生も後半戦に入り、あんなこともあったな、こんなこともあったなと振り返るのもいいし、今まで出会ったいろんな人たちを思い出してみたくもなったし、年相応の喜怒哀楽を感じてみたい、そんな思いにさせてくれた、本当にしみじみとした味わいのある小説だった。

 「大根炊きの味」「嵯峨野悲雨」「包丁姉妹」「金閣寺の雪」等々、短編を積み重ねていくオムニバス形式をとっている点では、山本周五郎の『青べか物語』と似ている。 

 川口松太郎自身と重なる初老の作家「私」は、岡崎の路地の奥まったところにある旅館に仕事場を持っている。その旅館の女主人・田村志麻女はかつての祇園の名妓であり、都をどりの大スターだった。

 そんな志麻女と「私」は、脂の抜けた親しい付き合いをし、二人で京都の寺を訪ねたり、祇園祭に出かけたりする。これだけでも、まるで大人のお伽噺のようである。

 祇園の名妓「つる菊」が、嵯峨野の奥に世捨て人のように引き込んでゆく一遍は哀切きわまりない。 

 「貧乏したら京都に行くことに昔から決めている」などはおもしろいし、「一文なしの貧乏人でも、歴史と古美術に興味を持てば、一生でも退屈しない材料を、山のように抱えているのが京都だ」というのも至言ではあるが、「私」と志麻女のような暮らしは、相当お金のかかるような気もする。

 いずれにしても、夢のまた夢の話ではあるが、このような小説も、私の年齢には実にいい。

 残念なことに、この本は現在は購入することは相当に難しそうである。私は本の整理をしている時に偶然に見つけることができたが、ネットでどうかな・・・

2014年10月29日 (水)

葉室 麟著『蜩の記』を読んで

 きれいな言葉、礼節をわきまえた所作、日本の原風景を思い浮かべられるような、しっとりとした静かな小説である。

 しかし、戸田秋谷が切腹を命じられた経緯には、何となく腑に落ちないし、みずから進んで切腹を受け入れているように見えるのは、もう少し書いてもいいものをと思う。釈明しないことが武士なのか、どうしてそうまでして切腹を望むか。死を受け入れるのか。やや書き込み不足の感は否めない。

 半面、秋谷にひかれていく檀野庄三郎の心の変化や精神的な成長には、本人のもともと持っている素直さを感じた。

 村人も含め、秋谷の周囲の人たちの清廉さを際立たせ、対極に役人を置き、時世時節を語ろうとしたところはわかるが、この小説の主人公は、私の中では源吉と郁太郎である。

 父親をかばう、わずか11歳か12歳の源吉を拷問し殺した役人と、その時代のおぞましさ。

 殺された友達の痛さを思い、一太刀浴びせたいと仇討に行く同い年の郁太郎の決意。

 武士ではない源吉の、武士にもまさる行いに、友達としての義を通す郁太郎、それを助ける庄三郎。捕えられた2人を、死を覚悟にもらい受けに行く秋谷。武士道って、いいなと思った。

 でも、少しばかり清廉過ぎるところは気になる。

  

 通勤電車の中、町の中、乱れた日本語を大きな声で話す人たち。ながらスマホでぶつかっても何の挨拶もしない人。こんな時代だからこそ、余計に時代小説のきれいな言葉遣いや、礼節さにひかれるのかもしれない。

 これからは少しでもきれいな言葉遣いをしようと思う。それに所作も同じく。

2014年9月17日 (水)

浅田次郎著『柘榴坂の仇討』を読んで

 井伊直弼の視点から書かれた舟橋聖一の『花の生涯』、水戸藩士の視点から書かれた吉村昭の『桜田門外ノ変』、それぞれにいい小説であったが、浅田次郎は主君・井伊直弼を守れなかった御駕籠回りの近習である志村金吾と、雪の桜田門外で金吾に直訴状を渡し、抜きがけに金吾の菅笠を払った佐橋十兵衛、すなわち桜田門外の変で井伊直弼を暗殺した水戸藩士17名と薩摩藩士1名、計18名の中の1人、逃亡した5人のうちの1人の視点から書いた短編である。端的に言えば桜田門外の変の後日談である。

 無駄な説明、前置きは何もない。単刀直入に書かれたこの短編で、彦根藩士60人に伴われた直弼が、なぜあのような殺され方をしたのかがよくわかった。
 同時に、桜田門外の変から13年もの間、主君の仇討のためだけに生きてきた理由が「御先代の十四男という部屋住みのお立場から、幕府大老までお昇りになられた掃部頭様が、たまらなく好きでござりました」という金吾の心情、たまらなく好きだったからという、この上ない単純な理由が、わけもなく、すっと入ってきた。

 佐橋十兵衛の諦観ともいえる潔さ、そして「直吉」と名乗ったわけが、自分が襲撃した「井伊直弼」の一字をとったことなどなど、引き込まれて一気に読んだ。
 金吾の妻も、秋元様も奥方も、登場人物すべてが個性的で魅力的である。
この小説に悪人は一人も登場しない。

 不条理は何もない。

 不快なところは何もない。

 余分なところも何もない。

 志村金吾も、佐橋十兵衛も、13年間、桜田門外に降った綿雪の中にいた。

 13年ぶりに遭い、柘榴坂で13年ぶりに新しい日を迎えることができた。

 もう少しゆっくりでもいいのに、もっと説明してもよかったものを、などと、余計な心配を起こさせるほど、スピード感のある、実に見事な短編である。

 人間は、下を向いてとどまってはいけない。明日に向かって歩くのが、人間なんだと、再確認させられた。

 また、命のやり取りの最中でさえ礼節をわきまえていることに武士道を見た気がする。この点は見習うべきだと深く思った。

 ちなみに9月20日より全国ロードショーされるそうです。これだけそぎ落とされた原作なら、どんな展開にもなり得ると思う。もちろん見るつもりである。

 とにかく、封切り前に感想文をアップしたかった。

2014年9月 5日 (金)

林真理子著『白蓮 れんれん』を読んで

 現在、月曜から土曜日までの朝8:00からNHKで放送されている連続テレビ小説『花子とアン』、リアルタイムで見ることは無理なので、録画して毎晩楽しみに見ている。土曜日などは昼間に見て、夜に録画を見るなど、来週の粗筋があるので2回も見ることが多い。これまでの人生において、連続テレビ小説なるものを見るのはこれか初めてだからか、年齢からくるものなのか、とにかくおもしろい。

 この大好きなテレビ小説に仲間由紀恵演ずる葉山蓮子なる葉山伯爵の妹が出てくる。テレビでも「白蓮」と名乗っているので、柳原白蓮、後の宮崎燁子であることに間違いはないだろう。

 そんな関係で第8回柴田錬三郎賞の受賞作である当作品を読むことになった。

 大正三美人の1人で、「白蓮事件」で知られるが、この本の中では村岡花子の名前は一度も出てこない。多分、東洋英和にいたころ、花子とも交友はあったのだろうが、腹心の友であったかどうかはわからない。

 片方はテレビ小説、これも小説、つまり何でもありの世界だからと割り切るほうがいいが、金のために2度も嫁がされたという点は一緒である。このようなことは明治・大正、そして昭和20年代ころには非常に多かったような気がする。

 複雑過ぎる伊藤家の家族関係、宮崎龍介との初めての恋、そして「白蓮事件」等々、有名な人たちの名前が何と多く出てくることか。その点だけでも一読の価値はあるかもしれない。

 使用人に対する白蓮なり九条武子の接し方は何ともおぞましいが、2014627日の朝日新聞夕刊に元娼妓で『吉原花魁日記』の著者・森光子が病院へ行くと偽って「下駄をつっかけるや否や、夢中で飛び出した」。唯一の頼りは、雑誌で名前を知った白蓮・柳原燁子であったそうだ。虐げられた女性たちの希望の星だったのかもしれない。

 この「白蓮れんれん」という作品は比較的バランスよく書かれていると思うが、作者がどの視点から書いたのか、または一般受けする必要があるからか、そんなところも十分に参酌して本は読むべきだと思う。

 

  女とは男のためにうられゆくあはれはかなき名そといひける

                                        白蓮

 

出版された森光子の『吉原花魁日記』の序文に添えた白蓮の歌だそうである。

2014年8月 8日 (金)

舟橋聖一著『花の生涯 上・下』を読んで

 昭和38年に放映されたNHKの大河ドラマ第1回目の作品であり、「安政の大獄」を断行し、「桜田門外の変」で暗殺された幕末の大老・井伊直弼を描いた本、これが当時中学生で、日本史の授業で習ったばかりの私の記憶である。

井伊直弼を尾上松緑、長野主膳を佐田啓二、村山たか女を淡島千景が演じた大河ドラマを、日曜夜の830分から、両親は楽しみにして見ていた。私もむちを打つ音を使った印象的な主題曲は今でもはっきりと覚えている。

 今回40年以上たって読み直してみて、上巻は井伊直弼と、長野主膳・村山たか女との出会い等を中心に書かれたものであり、あってもなくてもいいような気もする退屈なもの。下巻だけでは成り立たないかなとも思うが、上下巻に分ける必要もないような感じは否めない。本当に退屈な上巻だった。

 聡明さを早くから示したが、風流に生きる姿から「ちゃかぽん(茶・歌・鼓)」とあだ名され、第13代藩主・井伊直中の14男として生まれ、庶子であることから、みずからを花の咲くことのない埋もれ木にたとえ、埋木舎(うもれぎのや)で世捨て人のように暮らしていた直弼が、彦根藩第15代藩主となり、安政5年(1858年)には江戸幕府の大老になる。

 上下巻を通じて思うことは、井伊直弼がこれほどまでにひどい殺され方をしなければならない理由は一つもないということ。

 鎖国か開国か、これほど重大な選択のとき、直弼の選択に異を挟む者たちがいるのは当然、そして賛成する者たちがいるのも当然。しかし、首を落とし、転がる首を刀の先へ刺し貫いて天にかかげ「可か、可か」と雀躍するなど言語道断。水戸藩士17名と薩摩藩士の1名、特に薩摩藩士の有村次左衛門の所業に非常な嫌悪感とともに強い憤りを感じた。

とかく独裁者として語られる直弼だが、果たして本当にそうなのか。私の学生時代に学んだ記憶でも、さして独裁制が強かったという記憶はないが、決していい書かれ方、言われ方はしていないような気がするが、どちらかというと悪人タイプの評価が圧倒的である。

舟橋聖一が井伊直弼の視点から描いたこの本を読む限りにおいて、独裁性は全く認められない。

しかし、襲撃を指揮した水戸藩士・関鉄之助の視点から吉村昭が書いた「桜田門外ノ変」では、直弼による水戸藩への弾圧が比較的強く書かれている。視点によって解釈、書き方が全く違うのも、読んでいておもしろい。

 1860年3月24日、井伊直弼の「花の生涯」は雪の桜田門外で終わった。

 その2年後、長野主膳の「花の生涯」も斬首という形で彦根で終わった。

 出家し妙寿尼と名乗り、直弼を、主膳を弔った村山たか女も1876年(明治9年)、その「花の生涯」に幕を閉じた。

2014年7月 4日 (金)

森鴎外著『高瀬舟』を読んで

 高瀬川は、鴨川に寄り添うように流れる小さな川であり、慶長16年から19年にかけて京都の豪商角倉了以・素庵親子が、大阪から京へ物資を運ぶために開削した人工の川である。

 『高瀬舟』は江戸時代この川を行き来する舟のことで、高瀬舟に乗せられた罪人の物語である。安楽死を主題にした作品として広く知られ、私の最も好きな本のうちの一冊である。

 江戸時代、京都の罪人が遠島を申し渡されると、高瀬舟に乗せられ、まず大阪に送られた。舟には京都町奉行の同心が護送役として乗った。

 鷗外の『高瀬舟』は春の夜、高瀬舟に乗せられた喜助という、弟を安楽死させた罪人の語る話に、庄兵衛という同心が興味深く聞き入るという形をとっている。喜助の語る話が、暮春の朧夜の中をゆっくりと進んで行く川舟の速度に合い、安楽殺人の話が、いつしか心にしみ入る人情話になっていく。

 喜助は、病気で働けなくなったのを苦にしてかみそりで喉を突いた弟を、安楽死させた。苦しいから殺してくれという弟の願いを聞いて、かみそりを抜いた。

 この兄弟は孤児である。幼い時にふた親が病気で亡くなった。町内の人たちに助けられ、西陣の織場で「空引」を使う織手の仕事をするようになる。

 北山の掘っ立て小屋同様のところに住み、紙谷川を渡り西陣に通った。そのうち弟が病気になり、兄ひとりに働かせて「すまない」という気持ちから、みずから死を選びかみそりで喉を突いた。

 孤児として互いに助け合って生きてきた貧しい兄弟。兄に「すまない」という弟の遠慮、気兼ね。死にきれないで苦しんでいる弟を楽に死なせてやろうとする兄のぎりぎりのやさしさ。

 物心ついてから貧しい暮らししか知らなかった喜助が、遠島に際し、お上からわずかながら二百文の支度金をもらい、それに心から感謝する。

 最下層の市井に生きる人間の思いもかけない高潔さに、同心は心を打たれる。安楽死の主題もさることながら、下積みの人間の、自分より相手を思う心が泣かせる。

 下層に生きる人間の中に、思いがけずに、謙虚でつつましい徳があることを、鷗外は恐らく「知恩院の桜が入相の鐘に散る春」の中で描きたかったのだろう。

 私も、この作品に誘われて、これまでに京都を何度訪れたことかしれない。